漠然としてなおかつ遺書のようなもの

俺が死んだら見てほしい

暮らしを丁寧に

ストレスフルな毎日。ダンスに逃げることも難しい。

日々の暮らしを丁寧にすることで多少なりと生きやすくなるのではないか。休みの日でもちゃんと顔を洗って、髭を剃って。職場や作業場に植物を持ち込んで。好きな服や作業しやすいガジェットを整えて。

 

でも半面罪悪感がすごい。こうまで浪費して生きなければならないことがあるだろうか。逆に浪費しなければいけないのは端的に自分に甘いからだし、病気や環境のせいではない、本当に自分自身の性格(マジでクソみたいな、反抗期を迎えなかったガキのままの自意識の発露)に起因するものだ。このままで良くないけど、なにも変えずに生きていくの良くない。

 

自由に生きれずメンタル壊して科学で何とかしているけど、結果自由に生きていない今望むのは機械の身体。自意識の消滅。滅私の人生。

 

最終的には片足ダチョウのエルフになって目に見える範囲の大事な人たちの成長を、大木として見ていたいな。こんな人生はずっとずっとずっとずっと続いていく。人間。大人。社会。